2007年03月24日

●桜の頃

 あれから11年。彼らがのった列車が上海で事故に遭ってからもう11年だ。

 自分はあの列車にのっていたわけではないし、知っている人も失礼な言い方だがそんなにたくさん亡くなったわけではない。でも、未だに3月24日が近づくと突然どきりとする。これこそがトラウマというやつなんだろうか、たとえばニュース速報の音、彼らの棺が並んだ空港の倉庫、3・2・4の数列、高校の校舎、テレビカメラの放列、上海という言葉の響き。いまだに逃れることのできない傷口がそれらを見聞きすると疼きだす。

 別にあの事故を背負っているわけでもなく、そもそも背負う必要もなく、でも忘れることのできない恐怖の日々がいきなり蘇る。はじめて死ぬということを直接間接に見たときだった。あまりにもその死のカタチはいびつすぎて、あまりにも強烈な時間が流れすぎて、消去できない日々になってしまった。だから、もう忘れようとすることはやめた。

 高校の時の友人なんてもう誰もつながりがなくなったのに、あの高校で育ったことすら後悔するほど嫌いな学校なのに、それでもあの事故だけは残り続ける。桜が咲き出すと、毎年こんなことを考える。もう11回も繰り返して。


Idletalk第5号(1999.5)所収

このテキストは、カメラトーク友の会から引用したものです。

2005年09月28日

●病室の祖母には会えない理由

 「長生きするばあやったら早う死にたい」

 杖なんて使いたくない、そこらのおばあちゃんみたいに腰を曲げてまで生きたくない、白髪なんて絶対見せたくない。とにかく恰好をつける祖母だった。足腰は確かに弱っていたが、それでもどうみても若い、着物が本当に似合うかっこいい祖母だった。
 そんな祖母が倒れたのが2年前。今、祖母は海の見える病室で、しずかに暮らしている。あの日から祖母は言葉を失った。ふくよかだったはずの祖母はいつしか白髪になり、すっかり痩せてしまった。やや固くなった手は、ぎゅっと握ると軽く握り返してくる。

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●未だ見ぬ収穫の日、適切な距離、虫の克服

  園芸は愛に始まり愛に終わる。しかし、その愛が足りないのか、愛の注ぎ方が中途半端なのか。なんぼ収穫の時期や開花の時期がこようとダメなものはダメなのだ。
 今を遡ること一年前の春、とある友人に請われてアトリエの庭掃除と庭づくりを共同でやることになった。それで意気揚々と土から種、手袋から草引き鎌、はては石灰に至るまでを買い込んで30平米はあろう庭を隅々まで友人と掘り返し、種を蒔き、そして苗を植え込んだ。

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2005年09月27日

●上海列車事故の記憶

 その一週間前、私は高知学芸中を卒業した。その卒業式で、校長の佐野先生は学芸創立30周年の記念として、今高校の修学旅行団が中国に行っておりますと話をしていた。佐野校長は朝礼だとか集会がある度に平家物語の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす」という言葉から話を始め、最後は中国の悠久たる大地がどうのこうのとか、蘇州のどこそこはこうだとかで話を終える、とにかく中国好きな人だった。その日はまた話が異様に長く、かなりの人が眠りへと誘われていた。学芸は私立の中高一貫教育校であり、ついでに予備校まで作ってしまうような、いわゆる進学校の類いに入るものである。また、殊更にスポーツが強いとか東大に何十人も合格する訳でも無い、高知県外の人なら誰も知らないような平凡な、そして平和な進学校でしかなかった。

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2004年10月01日

●ニワカの世界

 フリーペーパーというのは病なのだ。勝手に出して、勝手に置いて、勝手に誰かが読んでいる。だから、一度それに手を染めた者は、多くが何度も何度も手を変え品を変えて出し続ける(このペーパーだって私が係わったものとしては5つめだ)。

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2004年07月21日

●プロ野球の明日

さてはてこの先どうなるんだろ?
1リーグになるのかならないのか、合併は予定通り進むのか、選手のストはあるのかないのか?

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