●16億円の「ちょっとした」無駄遣い
はりまや橋バスターミナルがとっても不振なのだそうだ。
16億円もかけてオープンしてみたらこの1ヶ月で利用台数はわずかに5台なんだとか。
結局使われているのは高速バスの到着便だけで、一番の要の観光バスの利用がないんだからしょーもない。
旅行会社には商店街の割引とかなきゃ使わんでーとダメだしを今更される始末。
はりまや橋バスターミナルがとっても不振なのだそうだ。
16億円もかけてオープンしてみたらこの1ヶ月で利用台数はわずかに5台なんだとか。
結局使われているのは高速バスの到着便だけで、一番の要の観光バスの利用がないんだからしょーもない。
旅行会社には商店街の割引とかなきゃ使わんでーとダメだしを今更される始末。

ぽっかり空いたダイエーの穴。
気がつきゃずいぶん壊れたもんだ。
街へ行くのは夜か市ばかりなので、このビルが壊される音も聞いた事がない。
だから、突然こんな風景を見るとびっくりする。
今度行ったら、またずいぶん無くなっているんだろうなあ。
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イギリスには本屋でできてる町があるらしい。
それもずいぶん小さな町で、本屋の町としての歴史は1962年にあるおんちゃんが700ポンドでお店を買って古本屋をはじめた日からというから、ずいぶんと短い歴史、なのである。
そして、城を買って一部を本屋にし(!)、そのことがまた話題を呼んで新しい店を開き・・・という循環を続けているうちに、行政が「古書の町」として売り出すことにしたのだとか。その名もヘイ・オン・ワイ。

いつのまにやらほぼ竣工?というぐらい、新しい高知駅ができつつあるのだ。
京都の二条駅のようなドーム型駅舎。
昔ながらの国鉄様式の今の高知駅も愛らしいけど、さすがにケンチョ所在地としては恥ずかしい感じもあっただけに、まあこういう駅舎ができるのは楽しいこと、なのだ。
それにしても周辺街区は埋まらなすぎですが。
ほんと、高知は景気が悪いねえ〜
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今回の参院選終盤情勢調査では、大都市と地方の格差をどうみるかも聞いた。格差が「深刻な問題だ」という人は62%で、「それほどではない」の27%を大きく上回った。「深刻」という人は地方で多く、選挙区、比例区とも民主への投票が顕著だ。参院選で地方で民主が好調な背景に、都市と地方の格差の問題がある様子が浮かぶ。 都道府県別でみると、「深刻」が最も高いのは高知の78%で、最も低いのは滋賀の54%だった。北海道や東北、山陰、九州は高い県が目に付き、関東や北陸、東海で低い都県が目立つ。参院選の選挙区との関係でみると、1人区(29選挙区)で64%とやや高めだ。
今日の朝日新聞の興味深い記事。
確かに高知は元気がない。ここ10年でずいぶん元気がなくなった。
ながーいこと空き地だった西武跡地の開発が決まったらしい。
ようやくですな。
日々暗さを身につけて行く中心市街地にとって、久しぶりの光明というか。
やっと対イオンの楔が出来た、という見方もできるけど
これでまた商店街が今まで通りの殿様商売・坊ちゃん商売でいいんや、ということになるんだったら、
いまひとつ喜べないねえ。

高知新聞社のサイトが、リニューアルされて数ヶ月が経ったのである。
で、すっかり行かなくなってしまったのである。
なぜかというと、あまりにも記事がないから、なのである。
もともと高知新聞のサイトは、記事が充実していない・読みずらい・すぐ(過去記事が)消える・・・と、どーにもいまひとつだった。
だけど、本紙で見落とした記事があったりするし、数日前の読んでいなかった記事も振り返れる、ということで、なんだかんだと訪問していたのだ。
また、掲載数は少ないけれど、本紙で読むのが面倒な連載記事とかを読むのにも重宝していたわけで。

日曜市の風景は、農の風景と都市の風景がガッチャンコ。
まちのど真ん中で、畑で使う遮光シートが天蓋になる。
ゆらゆら
ゆらゆらと光が堕ちる。
この高知らしくて夏らしい、この風景がいい。
今晩の晩飯は、空豆と枝豆、玉葱とクレソン、筍の土佐煮、鰻のひつまぶしにシラス。
美味しい。
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▲小布施 栗の小径
なんでもかんでも壊してなんぼ。
なんでもかんでも忘れてなんぼ。
高知はそんなのが多い。
新しいものをつくることが、忘れることだけが前進と思っている人がやたらと多い。
後ろを向くことをやたらと否定する。

こないだ久しぶりにMUJIで服を買ったのだ。
もう今年は去年から続く服の大引退シーズンにあたるらしく、服が無い!
てゆか去年もそうだったような気がするが・・・
その帰り、ミスドのドーナツを食べたのがここ。
イオンのすぐ横の、シキボウ工場撤退後そのままになっている更地。
結構でっかいクスノキで、案外と落ち着く。
一時期はここに図書館つくるやらなんやら言っていたけど、このまんまでえいではないか。
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仕事がらみでも、また友人関係でも、工科大とはなにげに縁がある。
最近もチョコチョコ工科大へ行くんだけど、なんだか不思議なのが、この大学の人々が共通して持っている「自信」。
自信を持っているのがアカンとかそういうのではなくて、なんでそこまで自信があるんだろうというフシギ。
研究力や教授陣のレベルの高さは確かに間違いないけど、
この大学で出会う人の多くはなんだか自信を持っている。誇りを持っている。

五台山の展望台からみた高知の街。
去年サントリーの角瓶の広告でも使われた風景だ。
山と川と海と街。
こんな風景がワンセットで納まる街も珍しいのだとか。
こうしてみると、やっぱりなかなかきれいな街なのだ。
でも、実際似は五台山の眺望が思い切り遮られるマンションが建ったり、平面レベルでみると景観はめちゃくちゃなんだけど。
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街中に残る最後の運河・新堀川。
この川に間もなく蓋がされる。
それほどきれいな川でもないし周囲の景観もめちゃ優れているという訳ではない。
だけど、たぶんもう高知では最後ともいえそうな城下町時代の風情をちょっとだけ留める貴重な空間だ。
こんなところに蓋をして道路を通して何になるんだろう。
細長い公園を壊すだけ壊してバス停を作ろうとした前市長の置き土産のひとつだ。
失う前に、もう一度。
やっぱりたまには一歩戻る勇気が必要だ。
ましてやこんな時代に。
■参考記事
そこまでいうならやめましょー
高知遺産の葛藤
徐々にランク戻し中。今日は何位まで復活?→→→四国ブログランキング
昨日のasahi.comにこんな記事。
「高知県どうなる?」、団塊対策訴え 民主・菅氏
民主党の菅直人代表代行は7日、フジテレビの報道番組で「この間も高知を歩いていて、『菅さん10年後、この高知県はどうなるのか』と高知に住んでいる人が言っていた。日本全体に人間がまんべんなく生きて、子どもを産んで育てられる、そういう日本が一つのイメージとして必要だ」と語った。団塊の世代でもある菅氏は、その世代が退職後の第二の人生として農業に従事する道を探るなど地方の活性化や人口減少対策の必要性を唱えてきている。この日の番組でも「農業そのものはこの50〜60年、自給率はどんどん下がっているし、農業人口もどんどん下がっている。農業を一番破壊したのが自民党の政策だ」と指摘した。

なんかまたよくわからんことが始まってますなあ・・・
去年の秋くらいから突如市内の交差点で散見されるようになり、暮れには一斉に県内メディアが取り上げ始めた「街中の謎のアルファベット」。
調べてみると「ココ!マーク高知」という県が推進している社会実験らしい。

高知駅前に女子大・図書館・文化ホールからなる複合施設をつくろう!
そんな今時にしてはあまりに豪気なプランが出たりしぼんだりしている。
美術館・文学館・植物園・動物園・歴史民俗資料館などなど
数ある県立文化施設をこれだけ分散配置しておいて、
いまさらなにをいいだすのというのが正直なところだけど、
じゃあ駅前複合施設ってどれくらいの面積なのかと。
ここで良い比較対象になるのがかるぽーとだ。

街に行くと疲れるという。
イオンだったら疲れないという。
だったら、イオンを街に置いたらどうなるか。
実験。

仕事の帰り道、猛烈な勢いで風景が変わりつつある高知駅北口のコンビニに立ち寄った。
ここはもともとサニーマートがあった所。
すぐ近くの高知スーパーも消え、「スーパー空白地帯」となった近隣の不便を補うために野菜や肉なども置かれた「ニュータイプ」のコンビニだ。
店を出てあたりを見渡すと、30年にも及ぶ高架計画で開発から取り残されていた長屋街はすっかり姿を消し、ミサ○やセキ○イのようなプレハブ系住宅やコンクリートの「おしゃれ」な建物ばかりが立ち並びはじめている。
「高知遺産」でも一章を割いて取り上げた一角だが、まあいとも簡単に風景は変わる、暮らしも変わる、そんなことをここに建つと思ってしまう。

新しい高知駅広場の実施設計が固まったとさ。
最近トップページがクリスマスモードでものすごく恥ずかしいことになってる">高知新聞によると・・・

花火大会の夜。普段は薊野のマンションの屋上から見物していたけど、今年は潮江橋から見物。こんなにも鏡川に舟が浮かぶ日があったとは。隅田川には負けるかも知れないけど、なかなかに風流な風景。花火が終わると同時に全速力で下流へ飛ばして行く舟たちの姿もまた見物だった。
[文化高知]連載 高知遺産より
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今日の夜、ひさしぶりにイオンへ行ってみたのだ。
というか、ホントは街で飯を食おうと思ってでかけたんだけど、いざ行ってみると日曜だけに閉まっているところが多くて、失意のままイオンへ行ってみたわけで。
だけど、なんというか、やっぱりここはくればくるほどつまらない。
新居浜であろうと京都であろうとなんであろうと、イオンはどこへいけどもイオンなのだ。
マクドナルドやモスバーガー、ドトールにスターバックス、どこへいっても同じサービス同じ笑顔のそれと同じで、イオンは置いている商品(いけてない)も歩いている人の表情も何もかも同じにすら見える。
「効率」を追い求め、「サービス」を追い求めた結果がこれか。経営というのを詰めて行けばこうなるのか。なんかそんなことすら感じる。
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高知県の公共掲示板「ぷらっとこうち」が静かに閉鎖されて半月以上。まあ一部の人たちのための掲示板であり、有益な情報もなかったりシステムが分かりにくかったり、特にないと困るということもなく経過した半月。
そう思っていたら、「ふらっと高知」がいつのまにか運営をスタート。まさにベタなパロディなんだけど、ちょっと過激なことを書き込んだらすぐロックされるぷらっとこうちに比べると、まあこちらの方がよっぽど自由に発言できるのかなあと思ったりする。・・・まあここで匿名で書いたら殺されそうですが(笑)
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知事がブログ「だいちゃんぜよ」で新堀川について文化や環境の側面から見直すこともありなんではないか、といったような方向性の記事を書かれていた。
この新堀川、高知の街の真ん中にあって、写真のように子供らあが釣りをしたりして遊ぶような川だ。京都でいえば白川や堀川、大阪でいえば道頓堀みたいなもんで、まあとっても身近な川なわけだ。
行政の仕事を受けるための仕組みとして、よく知られるのは競争入札。競合社同士が金額を競い合って仕事を受けるシステムで、まあ基本的にはとっても公平な仕組みで、またある意味王道的な仕組みなわけだが、最近では談合の温床という指摘もあってどうにも評判はいまひとつ。
これに対して、数年前からでてきたのがプロポーザルという制度だ。これは、おいらがこの春まで勤めていた地域計画系など企画部門の仕事で特に多いんだけど、企画書と場合によっては見積をあわせて行政に提出をし、総合的にそれを役人が判断をして業者を決めるという仕組みだ。
思えば前の会社の後半は、そのほとんどがプロポーザルによる競争で決まっていたんだけど、そのたびに思うのが「いったい何を基準にして業者を選定している」のかが不鮮明で、しょっちゅうモヤモヤとした気分におそわれたものだった。
またもや荒らし掲示板「ぷらっとこうち」が荒れ出してるみたいですね。
もう県がやらなきゃいいのに。
二代目管理人にかわった方が良いのではないかい?
参考
ぷらっとこうち(高知県が運営している公共掲示板)
けんちゃんのどこでもブログ
高知県行政・・・・剥奪したブログ
以下「けんちゃんのどこでもブログ」に書き込んでみた内容でげす。

高知市の文字通りセントラルパークである中央公園が地下駐車場付きの公園に改築された折り、なんとも貧相な樹木と温もりのなさすぎる灰色の広場に失望し、漠然と「高知の街をどうにかしたい」と思い出したのが、87年(中学2年)。
先月から作業を続けていた「みんなの駅広会議」、1月30日(おいらの誕生日ですな)に岡崎高知市長に『提言書』をお渡しました!


きたる1/12より1/15まで、ギャラリーファウストにて「みんなの駅広会議」を開催します。
このイベントは、12月に高知市主催で開催された駅前広場に関するイベントで市民の声を聞く時間が設けられておらず、そのことに疑問を持った市民有志により開催するものです。
なんというか、市民こそ使う駅前広場なのに、東京のコンサルと学者先生のいうことだけで造ってしまうのは問題ありだと思うわけですよ。それこそ間もなく蓋をされてしまう新堀川の二の舞です。高知市の都市景観行政の悪癖が見事に出てしまってます。
高知県では、弱体化した県財政の問題もあり、「住民力」を高めることを大きな政策の柱にしているように見える。
「住民力」とは、県財政の極端な悪化のなか、地域住民と行政が知恵と力を合わせて、介護、子育て、自主防災、健康づくりなどの各面で「支え合う」仕組みをつくっていこうというもの。要は官のサービスを従来通り行政で行なうものと地域で行なうものをさび分けし、官民で支え合うという仕組みだ。
気がついたら4時でした。Mさんから「今日来るんじゃなかったでしたっけ?」と電話があったときには、POURQUOIでのんびり珈琲をすすっておったわけです。
が、電話の向こうのMさんはどうにも「怒っている」感じ。聞けばなんでもとんでもないシンポジウムだったとか。
それでその会の事後報告を聞きに、まちなかで合流。もともと誘ってくれていたのは「高知まちむら創報室」のよ輔氏。ほかお二人の女子と5人で珈琲でございます。
どうでもいいといえばどうでもいい。
だけど利用度や注目度に比べて「うーむ」と思わず唸らされるホームページもある。
そのひとつが「高知新聞社」。仕事柄毎日のように見るし、市町村合併のことなんかは高知県の担当課よりもはるかにわかりやすく時系列でまとまっている。
だけど、だけどね・・・
えー。なんというか、今回の平成の大合併ではよくわからない名前の、さくら市だのみどり市だのなんだのと、もう全く歴史も地理もへったくれもない、たぶん「今」のことしか考えていない新市町名があふれだしているわけですが、どうやらこれは「紋章」でも同じようです。
クイズです。
下の5つの紋章は、仁淀川町、黒潮町、四万十町、津野町、中土佐町のものですが、どれがどれだかわかりますか? おいらにはさっぱりわからん。

「高知遺産」の24pでも紹介し、微妙に人気があった「椿荘」が取り壊された。
ここは5年くらい前に比島界隈の街歩きの会をした時にはじめて発見し、以来なんだか好きで近所の「栄田市場」や細路地と共にたまに訪れていたところだった。
なんでそんなに惹かれたかといえば、内部に曲線を使った階段があったりアパートの銘版が浮き文字になっていたりと意外と洒落ていて、「沢マン」「大虎」と並ぶ高知三大アパートと勝手に思っていたぐらいのところだったのだ。
昨日は、こうちコミュニティシネマ+はたけの収穫+土佐人がウキウキな高知周辺を見せちゃうき+こうちまちむら創報室+百足館で高知ブログ(又はmixi)青年部オフ会でした。
ART HAPPEN in 土佐山田
市内を後にして、次は土佐山田。おいらもかかわりそうで結局はかかわらずじまいにおわりましたが、[
ART HAPPEN in土佐山田]です。会場は土佐山田町立美術館。基本的にはファインアート専門の美術館といった印象の美術館なのですが、今回はgraffitiのシノッチがプロデューサーということもあってバリバリの現代美術です。
展示室に入ると、石井さんの妖怪系をはじめ作品がまばらにずらり。奥の方へ行くと佐藤篤さんの映像ブースなどが。中央には巨大な作品がぶらさがってます。なかなか迫力の空間ですな。
石井さんのは、最近ますますフォルムがひとつ一つ精緻になってきて、なんかもうそろそろ動き出しそうな感じです。顔に布がかけられているけど、これがまじで怖い。この布を取りたくない、いや取らないでいいんだけど(笑)

イベントまみれの一日がはじまる
今日はイベント日和。というわけで午前中からまちなか(ラララ音楽祭、おびさんマルシェ)→ギャラリーエムツウ→土佐山田町立美術館「ART HAPPEN 土佐山田」「土佐山田路地プロジェクト」→道(赤岡町)→マンドリンライブ(絵金蔵)と「お客さん」して参りました。
あーたまにはこうして傍観者として行くのも楽しいもんですな〜。なんせ気が楽。そして色々な人にも会えたし楽しかったです、そして元気になりました。はい。

ダイエーの高知店が11月末で閉店ということが決まったらしい。もともと四国のダイエー自体が全て閉店ということになっていたから、まさに織り込み済みの話で、まあ特に驚くこともなにもない。ついにその日がやってきた! ただそれだけのこと。とはいえ、3年前の西武百貨店に続く中心市街地からの大規模店の撤退は、いくら集客力が底を打っていたダイエーといえど、商店街にとっては痛いことに違いない。
そんななか、ダイエー跡地の利活用について、相次いで提案が出てきている。


草原の中に、小さな鳥居と屋根のない家が点々と。今年の夏、大渡ダムにかつて舟戸とよばれた集落が姿をあらわした。

なんとも寂しい風景。四万十市最後の映画館だった「太陽館」の今の姿。正月頃に最後の上映をして以後、そのまま看板のたぐいが放置されていた。
地元のひとに聞けば、別に太陽館がなくても困らないという。まあ年に数回の上映しかない映画館ではそうなってしまうのもやむをえないし、まさにこれは「時代の流れ」と自分も思う。
そしてこんな子ども時代に来たような場所は、どんどん消えて行くのだ。。。
※ 「高知遺産」収録
まもなく投票も終了。日本の分岐点。何も後先のことを考えず、「破壊」されることに快感を感じる国になるか、せめて後先考えて、「破壊」ではなく「立て直し」を第一においた国になるか、その分岐点。
今回の選挙、まるで「郵貯が解放されて、どのようになるのか、それを見てみたいか、見てみたくないか」ということだけを選択させられた選挙だった。
でも、周りの知人やネット上をみていても、今回の選択がおそらくとっても重要性が高いということは分かっていても、それでもし失敗したとしても「まあ元に戻るでしょ」と考えている人が多いことが気がかりだった。
郵貯が解放されれば、日本経済が刺激されるかもしれないし、されずにアメリカさんに食い荒らされるかも知れない。それは自民党を選ぶか民主党を選ぶかの、今回のひとつの違いになってしまったわけだけど(本来、それだけが争点になるのはおかしい)、自民党支持者はこれでもし狙い通りにならなずに「変なことになっても」、まあなんとかなるだろうと思ってはるらしい。
郵貯から年金、憲法、イラク、自衛隊、アジア外交といったことも今回どっちを選ぶかでずいぶん変わるわけだけど、それでもし失敗しても大丈夫だろうと。郵貯だって、解放してダメならダメで自浄能力も働くだろうし、そこまで日本は弱くないと。戦後日本だって、たった10年で元に戻ったじゃないかと。
うーん。

ちと季節外れですが。
高知にしては珍しい、ちょっとだけ都会っぽい一角。かつてこの右手には卸売市場があり、もう少し先からは大阪への阪神航路も出ていた。まだ水運が盛んだった頃、この川は高知のまさに要衝そのものだったのだ。いま、この川筋には桜が植えられ、ボートの桟橋がのびる市内きっての花の名所。
こんなきれいな場所のまわりでは、高知市の無頓着な施策で次々と歴史的な場所が失われてきている。
まず、 この堀川の手前には、堀川/松渕川/新堀川などへのびる運河が十字に交差し、その堀にかかる4つの橋の様から「四ツ橋」といわれた場所があった。いま、この場所はかるぽーとの前庭の下に。建ぺい率の関係でどうしても埋めないとだめだったんだとか。にえー

ひとけのない砂浜にぽつんと置かれた巨大な、巨大なコンクリートの塊。
実はこれ、赤野川放水路の河口。巨大な塊の下を覗くと、水のはけ口が大きく口をあけている。
眺める限り海と空とがひとつになった、不思議な空間に、釣り人が一人糸を垂れていた。浜辺の砂利と波が交互に響き、釣り人の声はそれに紛れて聞こえづらかった。

芸西村の海岸沿いの小道を歩いていて、ふと見つけた海を眺めるだけのために置かれているかのような4つのベンチ。
訪れるたびにベンチの配置は変わっているから、きっと夕方には近所の人たちがここに集って「井戸端会議」ならぬ「海辺の会議」を催しているのだろう。
中土佐、御畳瀬、安芸など、高知の海岸集落にはこういうベンチが多く見られる。
「地域づくり」のコンサルの仕事に就いてはや8年目。主に行政を通して住民の方と一緒に「地域づくり」という行為に携わるこの仕事、ここ数年で急速に嫌気がさしてきてしまった。
結局、この仕事は行政やコンサルの「思い通り」にある程度コトを進めてしまうことができるのが実情だったりする。むろん、行政やコンサルが「こんな地域であるべきだ」と考えていることが、イコール住民の望む地域の姿であることもあるが、実際にはここで考えられる「あるべきだ」という像は、ごくごく普遍的なものであったり、至極当然に生まれてくるアイデアでしかなかったりする。
先週あたりから今週にかけて、高松・徳島・松山とどういうわけか四国を一周してしまった。
まだ松山の記事はアップしていないんですが、高松小旅のコメント欄が異様な盛り上がり?を見せているよーになんだかいきなり高知・高松間でのつながりができていきそうな気配なのだった。
四国というとまあ小さな島で、なんだか当然田舎なんだけど、それはそれでとっても面白い人たちばかり(いや正確には少しおいらは徳島人が苦手なんだけどすみません)。つながりだしたらたぶん一気につながるんでしょうなあ。
仕事場の朝礼の景。きっとどこのオフィスでも開かれているんだろうけど、ふと思うことがある。
その朝礼は、毎朝部署員全員を集合させて「良いオアシス」の唱和、各担当からの報告などを求めて終わるのだが、自分の知る限りこの朝礼、8割は報告もなく20秒程度で終了する。もっと色々な対話や発表があればいいのに、それはなくて、ホントに毎朝同じ風景が続く。
どうにもおいらはこういう「意味のない」「形骸化」したものや「今までこうしたからこれからもこう」というのが見え見えのモノが大嫌いらしくて、形骸化していることが分かった日から行かなくなった。こんな形だけのために時間を割かれるのはまさに時間の無駄だ。そのかわり朝の珈琲を飲んでいる方がよっぽどその日の仕事のためになる。まあそれは会社人としてはやっぱり失格なのだが。
最近はなんだか多くの人と話す機会にも恵まれ気味で、なんつか新鮮な感じが続いております。
この一年間ぐらいの間に知り合った人とのつきあいも多くて、なんなんでしょうこの感じは。まあそういう時期なんだろうけど。
高知遺産の陰のテーマは「団塊の世代」と「団塊ジュニア」の価値観の相克だったりする。
団塊は創造と破壊の世代であり、ジュニアは創造への無関心と利用の世代。
団塊やその上の世代が汗水たらして創造してきたモノコトをジュニアは「与えられて」育ち、団塊がそのモノコトを破壊して創造を繰り返そうとする中で、ジュニアは「与えられた」モノコトの喪失を嘆いている。
団塊が「集う」ことに価値観を見いだし、その中で創造と破壊を繰り返す世代とするならば、ジュニアはより「個人」を重視することに価値観を見いだし、その中で自分の価値観に適合した『創造されたもの』を利活用することに長けた世代といえる。
むろん団塊もジュニアもそれぞれ全ての人々がそうだというわけではないけれど、世代観として見たときに、この傾向があることは否めないんじゃないかと思う。
「べっしーのつぶやき」で、べっしーさんが「遺産の本を読んで楽しいと同時に、だんだん、とっても、淋しくなってきた。」というような感じのエントリを書かれていた。
『ウチの仕事は町を変えてしまう仕事だ。むしろ、遺産を潰す側の立場だ。
こんな私が「高知遺産」の大ファンだと言うのは、許されることなんやろうか?
とか考え出したら、すんごいブルーになってくる。』
南セントレアばりの安直町名がついに高知にも誕生の気配。
お年を召した方たちとが「えいじゃか渋いやか」とか言って決めてしまったのだろう・・・
いろいろなブログを「高知」とかで検索していたら、高知は娯楽施設がないとか、廃れてきている(要は空きビルが増えてきている)とかそんな記事が最近めにつく。また、高知は店も少ないからつまらんとかそんな声もよく聞いたりする。でも、そんな人々たちって、ほとんど街もぶらついていないような人たちなんじゃないだろうか。
事故・不祥事の続く土佐くろしお鉄道。その果てについに起きたのが今回の突入事故。
2000系は20mの車体が10m足らずの長さになり、その特徴である前面の傾斜のかかった運転席は跡形もなくなってしまっている。
お役所の方たちと一緒に仕事をしていると、なんだか妙なところで息が詰まる。腹立たしい。
みんながみんなそうというわけではないけれど、やはり彼らは民間とか一般という言葉では括ることのできない絶対的なずれがある。
仕事柄新聞の記事というのはものすごく大切で、毎日なんだかんだと30-50分くらいは高知新聞を読んで、月の半分くらいの確率で朝日・毎日・日経のどれかを昼間読んでいる。あと会社では日経MJというのも取っている。
記事の偏りはまああるけど高知新聞は地方紙としては結構面白くて、連載記事も結構いいのをやっていたりする。
高知西武の跡地利用が決まらない。
はりまや橋という高知一の交差点にありながら、いまははす向かいの国際ホテル跡(東横インが入ることになった)と共に絶望的な地方都市の現状を指し示す廃墟としてその姿をさらしている。
(12/22に下書きのまま残してたのでアップしました)
もう10年というべきか、まだ10年というべきか。神戸の街が壊れてから10年が経った。
あの日は京都の自宅にいて、午前3時くらいまで雑誌「カメラトーク」の特集記事用として京大裏に事務所があったエイズポスタープロジェクトへのインタビューをしていた。なんだか静かに噺が盛り上がってなかなか帰れなくなって、やっとこさ帰ってきて爆睡してたら突然の大揺れ。
モノが落ちるというのは辛うじて無かったけど、ゴーッという地響きのなか本棚が倒れそうなくれいに揺れ、レンジやテレビがあともう少しで落ちるというくらいまでずれてしまった。テレビを付けると大阪のスタジオは停電してパニックになっていたり、東京の方から流れる平和なニュースがあったりと訳が分からないし、外を見ても車は結構普通に走っている。京都は震度5。一番はじめに出たニュース速報では京都と豊岡か米原だったかが震度5と出ただけで、震源はそれを見る限り京都でないの?という感じだった。
高知県下53市町村(現在51、来年2月までに48)の決算状況に関する報告が出た。
このデータ、再来年あたりには県内の多くの市町村が赤字団体入りする可能性があるとの話を裏付けるようなものだった。
下表は発表のあったデータをもとに作成したもので。偏差値は起債制限比率ほか3つの項目のそれぞれの偏差値を合算したものだ。これで正しい財政破綻度が出るわけではないが(ダイヤモンド社の「全国財政破綻度ランキング」の算式の方が確実性がある)、おおよその目安を知ることはできる。
経常収支比率はその団体の財政の弾力性を示す数値で、この数字が高いほど臨時の財政需要に対しての余裕がなく、団体のニーズに合った事業も行いにくいということになる。都市で75%、町村で70%が理想値とされ、これに5%以上が加算されると財政の弾力性がなくなっていることを示す。
高知県の場合、75%に近いのは計画的な財政運営で全国に知られる梼原町だけで、その他は松尾市長時代に猛烈な勢いで悪化が進んだ高知市の他多くが90%前後にある。また、深層水とイルカでセラピーに賭ける室戸、面積で全国最小の部類に入る赤岡と吉川、人口が600人足らずの大川、理由がいまいちわからないが日高がそれぞれ100%を超える状況にある。
室戸と大川は合併の枠組みから当初からはずれ、吉川・赤岡も最近協議会が破綻。日高は紆余曲折の末佐川との協議を進めているが、いずれにしても合併しようにも相手から嫌われやすく、それなのに合併でもしないとどうしようないという状況にあるのがこれらの町の共通項にみえる。このままいけばいずれ奈半利、物部、大豊、中土佐などが順次100を超えることになるだろう。
起債制限比率は、国に肩代わりしてもらえない借金の元本や利息の支払いがどのくらい財政を圧迫しているかを示すもの。20%以上で単独事業に対する起債に制限が生じ、30%以上で国の補助事業の起債ができなくなるもの。
20%を超えているのは今のところ大豊のみだが、14%以上の危険ライン(公債費負担適正化計画の策定が必要)になると都市部やその近郊を中心に増加している。
公債費負担比率は地方公共団体が借り入れた地方債の元利償還金及び一時借入金利子の合計額「公債費」に充てられた一般財源総額に対する割合。15%が警戒ライン、20%が危険ラインとされるが、高知県では全ての市町村が警戒ラインを超過。中村、土佐、東洋、土佐山田、土佐山、伊野などがかろうじて20%以下にあるだけで、吉川は39%、安芸、奈半利、赤岡、吉川、大豊、鏡、葉山、大月は30%を超える状況にある。
これら3つの数値について市町村ごとの偏差値平均を出すと、吉川、赤岡、大豊、安芸、大川(鏡はまもなく高知市と合併)は本当に危ない。赤字団体入りの定義は実はあまり明確ではないので即刻赤字団体入りするというわけではないが、県内ではやはり危険度が高い部類にあるといえるだろう。また、大月、室戸、須崎、高知、南国、奈半利、葉山(まもなく東津野と合併)、日高も危なっかしい。
分析はこれから。とりあえずアップ。
高知には、高知大、高知工科大、高知女子大の3つの大学がある。この3大学の学生さん、それぞれ職場でアルバイトとして雇ったことがあるのだが、学生だけでなく大学それぞれに個性があって面白い。
まるでブッシュとケリーの選挙のように、高知県知事選は県をまっぷたつに分けてしまう戦いだった。
ホントにいいのかなこれで
朝日新聞かなんかでプロ野球・銀行・市町村と「理念なき合併ばかり」だと書いていた(その通りではある)けど、住民に理念がないのでは・・・
一昨年京都ではじまって、いま東京・大阪・那覇・奈良・マツモトへと拡散しているベロタクシー。
これって高知じゃできんのだろうかと前から思ってる。

日曜市やひろめ市場、高知城といった観光地(この際はりまや橋はのけておく)もあることだし、他の都市と同じで中心市街地での高齢者居住率も高い。ベロタクシーを導入しても、ある程度はいけそうな気がする。
ただ日曜市の時とか、歩道をベロタクシーはたぶん通れないと思うので、車道を走るとなると大渋滞を引き起こしかねないし、柳町などもタクシーが多すぎて果たしてどうなのか。
どっちにしても、もっとゆっくり町を歩いたりする機会が、高知にはもっといるわいな。
みーんな車だし町を見ていないよーな気がする。
Velotaxi Japan
財政危機というのはまあ東京都以外はほとんどどこも同じ話で、それもこれも日本全体の未来なんてものを考えていない霞ヶ関の役人が(最近は東京さえ良ければ日本は沈まないという考え方のようですが)いきなり交付税をカットしてきたりというのがとりあえずの原因です。
まあそれ以前の原因としては住民エゴとか県庁マン多すぎとかいろいろなことは考えられるわけですが、かなり切実であることは確かです。
私は逆に7年前に高知に帰ってきたんですが、徐々にですが町の活気はなくなってきています。それはそれで仕方のないことだとも思いますが、やはりどうにも寂しい。
でも、人は相変わらず元気だし、変人の多さがもたらす?町のおもしろさは変わることがない(私は東京や京都にいたころよりも、今の方がよりディープで面白いなと思っていたりしますし。。。)
周りの町でいろいろやってる友達たちは皆貧乏ですが(笑)、好き勝手やっていても遊んでいるかのように暮らしていても何とか食べていける。ちょっと暑ければ川風呂に入り、ちょっと歩きたければ山に潜り、おいしい魚と野菜に恵まれる。
実は私、結局財政危機なんて関係ないんだ〜と思ってたりもするんです。西武がつぶれたところで、商店街ががらがらになったところで関係ないんだと。それで地価が下がればまた変人が近い将来店を開くことにつながるやないですか、無能な県庁マンが淘汰されればそもそも県の莫大な予算だって減るし、いらん道路もつくらんで済む→山や川をこわさんで済むやないですかと。
たぶん、高知の豊かさってそんなところにいくんじゃないでしょうか。
※でも合併はせんといかんで。今のままやったら
ついにきた。
三位一体改革のあおりを受けて、高知県もこのままのやり方を続ければあと数年で赤字団体落ちが確実な情勢になってしまったとゆー。
合併期限の接近を前に、高知県でも市町村合併がいよいよ本格化してきている・・・とか思ったら、ここへきて合併は続々破綻を続けている。高知の市町村はどこもかしこも財政が破綻直前だというのによくやるものだ。単独自立で果たしてどこまでやれるというのだろうか?
先日、高松へ少し久しぶりに行ってきた。高知と似たような規模の町ながら、四国の中枢都市としての意地と誇りをかけてつくった高松駅前のビル群やらなんやらかんやら。それでもやっぱり小さいんだけど、なんだかこの町はそんながんばりが可愛らしい、憎めないまちなのだった。
過去の話でいけば、たとえば中土佐町の純金カツオ(後に盗難にあった)。中途半端な例で言うと南国市のはらたいらオルゴール館。最近で言うと北川村のモネの庭や夜須町の横山隆一アトリエの鎌倉からの移設(予定)。いずれも町おこしの「ちょっとした」切り札としてなのか、試みとしてなのか展開されていること。いずれもそれなりに面白いし、行ったら行ったで良かったりする。
でも、純金カツオはともかくどれもこれもが「なぜこの場所に」という説得力に欠けている。これは高知市の「龍馬の生まれたまち記念館」にもいえることなのだが、なんだかその地域の人や地域を囲む人々たちの「純粋な思いつき」がそのまま形になってしまっているような感じがするのだ。たとえばモネの庭。個人的にはすごく好きな場所で和める場所なので悪くはいいたくないが、やはり客観的にみればなんでこんな片田舎にモネなんだ?という感は否めない。本家モネの庭のお墨付きを得てるといったって。
高知も他のまちにずいぶん遅れて、このわずか数年でなんだかすごいきれいになった。
税金の無駄遣いとかそういう問題はさておいて、その中でいつもうろうろしていた路地や町並みがどんどん消えていっている。
今近所で一番変化しているのは高架化工事も大詰めの高知駅周辺。
果たして数十年後、JRがどうなっているのかもよくわからないなかで、果たしてこれらの工事にどれだけの意味があるのかわからない。ただ建設業者が潤うだけ(実際知り合いのいくつかの会社は関連の工事や設計を請け負っている)なような気もする。
その一方、長い間決して良好とは言えない居住環境の中で暮らしてきた住民にとってはこれらの工事で一気に町並みも家も変わるわけで、うれしいものらしい。