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2007年07月12日

●100億円の「街」再生・夢絵図

ながーいこと空き地だった西武跡地の開発が決まったらしい。
ようやくですな。
日々暗さを身につけて行く中心市街地にとって、久しぶりの光明というか。

やっと対イオンの楔が出来た、という見方もできるけど
これでまた商店街が今まで通りの殿様商売・坊ちゃん商売でいいんや、ということになるんだったら、
いまひとつ喜べないねえ。

結局、いま街中で起きているごたごたって、
一カ所で問題が起きたら一カ所の中で話を済ませているから、なような気がする。
また、いっつも同じようなメイツで話をしているから、のような気もする。

もちろんそう事は簡単じゃないし、いろいろなことが複合しているわけだけど、
せっかく西武跡地が動き出すよ!と言われても、なんだかいまひとつ心の底から嬉しいとは思えないのは
そんな事情があるからかも知れない。


1.女子大
女子大は街を出て行きたくない。だけど、出て行かないとor少し運営を変えないと、どうにも県としては厳しい。
ちなみに、県が女子大を池に放り出す予算は100億円。

2.高知大と追手前小
高知大の一部が街へ移ってくるという話も、いまひとつ微妙。
5年以内に動かないと再開発の補助は出ないのに、児童のいる6年間は残すとか。
だけど、商店街住民そのものが高齢化していて将来的には追手前小学校自体の存続はちと厳しい。
新堀小に移すのが、ながーい目で見れば筋論だとおいらは思う。

3.図書館
県立図書館の移転or改修も迷走中。歴史文書なくしたりしてるし。

4.商店街
もうイベントでしか浮上できない状態。殿様商売はすぐには治らない。
駐車場が高い。イオンとの違いは、実は駐車場だけとの噂。

5.日曜市
高齢化で50年後はちと厳しい。新しい人が入れない仕組みなんだろか?


以上のような諸条件。


んで。
100億円女子大の移転に金かけて街に穴吹タウンをつくるくらいなら、
県の100億円と市のウン億円をかけてここらへんの話をまとめた方がいいんでは?

まず、50億円で女子大の永国寺をリニューアル。
文化学部等文系は残して医学系を池に集約。
現女子大図書館は10億円で増改築して文書課+図書館を整備。
お互い厳しいので共同運営にしてもおもしろそう。
たとえば、図書館のマネジメントに文化学部も関わるとかしたら、それで学生も集まったり。

ダイエー跡地+追手前小学校跡地は敷地を東西半分に割って、
中の橋通りにメンする東は5億で売って(買ってくれるかな)、西に2億で森だらけの公園を構える。
経済同友会のプランでは商業施設の入った複合施設、というプランだったけど、
行政がそういうのやってもろくなことにならないので、ここは穴吹にでもなんにでも開発をやらせる。
高知大学サテライトはこの中に入れる。どうも大学はそこまで本気ではないようだし。
公園をつくるのは、木の文化県なんだし「のんびり人が集まる場所」を。
なんせ高知は街中に緑がないですからな。

女子大グラウンドは売るか、木造の県営住宅に。
もしくは辷山麓で穴吹が計画している景観テロマンションと換地する。
その跡地は小さな史跡公園にして、市民が丁寧に管理する。
残ったお金はうまーく運用して街中の駐車場の無料化or減額支援に充当し、
イオンと商店街の最大の「違い」である駐車場問題の解消に役立てる。

商店街は、いい加減殿様商売とイベント頼みやめる。
県も市も中心市街地活性化いうてるけど、今のような店並みや品揃えでは、
いくら金を入れてもあんまり変わらない。
人の波が入るようになったら、イベントで無理矢理人を呼び込むことに汲々とするのではなく、
本業にしっかりと力を入れる。当たり前のことだけど、それが最近ないがしろ。
いい店だってあるし、いい人だってたくさんいるんだから、どの店も「いい店」になるようにガンバ。


日曜市は高知の都市観光で唯一使えるものなので、きっちりと運営。
市はあまり市に本気じゃないけど、もうそろそろ本気出す。
若い人入れる。
変なコンサル使わない。
市の中にも面白いひと、たくさんいる。
市に出したい人も、きっといる。


でも、まあこりゃ無理だ。
財源適当だし無視してるものが多すぎるw。
だけど、こうなったらちっとはうまくいきそうな気がしませんか?
高松の丸亀町よりはずっとお金をかけずにいけそうな。

高知の行き先は、すっかり廃れた徳島なんかなあ、やっぱり。


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コメント

すごーく、重要なテーマなんで数回にわけてコメントさせていただきます。

さっそく、ひとつだけ突っ込まさせていただきます。

>残ったお金はうまーく運用して街中の駐車場の無料化or減額支援に充当し、
イオンと商店街の最大の「違い」である駐車場問題の解消に役立てる。

うーん、駐車場で街が甦るとは到底思えん。かえって、郊外のように無機質化し魅力のない街になっていくでしょう。駐車場の存在自体が景観を歯抜けにしてしまいますし。
むしろ、公共交通の利便性向上や利用者の優遇策で来客を取り込むべきだと思います。それには、路面電車、JR線、バスなどの運行体系や運賃体系をリンクさせる、土電とJR、なはり線の相互直通運転を検討するなどの小手先にとどまらない施策が求められるでしょう。
あくまでも歩いてたのしい街、ヒューマンスケール街を志向すべきです。

要するに、自動車中心の発想転換が求められているわけです。残念ながら行政も市民もそこから全くもって抜け出してないみたいですけど・・・・。

また、次回にもコメントしますが、オレゴン州ポートランドの事例は参考になりそうです。
「なぜポートランドには人が来て、高知には人が来ないのか?」
一度、真剣に考えてみる必要がありそうです。

なるほどなるほど。それもそうですね。
近年の郊外の縮小化は公共交通のありようを変えるきっかけになりそうですし、この記事で書いた戯れ言も、公共交通とうまく組み合わせていけばよりよくなりそうです。
が、ここまで自動車社会になってしまった高知県では、その流れの中で街を変えていくことも一つの手だとは思うんですよね。まずは自動車社会に対応した形で街を作りなおしていくことが先決というか。
おいらは、イオンも郊外もどうかともちろん思っている派ですが、そこに押し寄せる車と人の波を日々見ていると、こらこういう流れに対抗していてもちぃと限界があるなあと思ってしまいますよ。
個人的には、できれば路面電車の傍に暮らしたいと思っているし、京都や島根に居たときに感じた「バスって便利」って思えるような街にはなってほしいのですが。

確かにここ10年で劇的なほどに自動車社会になってしまいましたね。
とはいえ、富山、福井、群馬ほどはマイカー普及率は高くないですし(世帯あたりの保有率全国41位)、公共交通機関も壊滅はしていません。まだ、間に合う範疇だと信じたいですが。
自動車社会に対応した形で妥協するとやはりファストフードのようなファスト風土を促進することになりかねないと思うのです。
自動車で来客を稼ぐには限界がありますし、何しろ駐車場が必要ですが、一方公共交通では、輸送力は自動車と桁違いで、駐車場は不要です。
また、自転車は、乗用車の8分の1以下のスペースで停められますので自転車の活用も組合すべきです。
如何せん、自動車が氾濫しすぎ。自転車で北環状線など走ってたら、グロテスクな光景とすら感じることも。

私の本音としては、高知こそ脱クルマ社会の先進地域になって欲しい。CO2を激減させた都市、自動車依存社会を見事に克服した”地方都市”となれば世界で高知を見る目も変わると思うのですよ。
路面電車も残っている、東西に鉄道が通っている、という今あるインフラを上手に活用してマイカー一辺倒⇒鉄道+バス+自転車への交通のパラダイムシフトを実現してほしいという思いはあります。
当然ながら、殿様商売(旧態依然商売?)も改めるべきですが、歩行者専用道を拡充する(例えばALCO付近~菜園場商店街あたり)ことも必要でしょう。

かなりキツイことを書いたかもしれませんが、今のままでは街の荒廃が進んで、地域性もそこに住む住民の意識も魂を抜かれ生気を失った姿だけが残るんではないかという心配からです。やはり、住んでいる人が誇りを持てるようにならなければ・・・・。

 おまちは公共交通と一緒になってうまく機能するんです。その点はヤッシーさんと全く同じ意見。

 問題の根源は無いに等しい高知の都市計画。というか日本の都市計画! なぜ通過交通を促進するためのバイパス道路にあんだけボコボコ集客施設ができてしまうのか!!結局、通過交通をやり過ごす道路自体が巨大集客通りになってしまった。

 全国的に見たらまだましな方とは言われても、高知は逆コンパクトシティに向けてまっしぐら。すでに拡散型都市構造になりつつあるのはあきらか。県や市がそうしてきたことも確か。何も考えずにイ○ンとかへニコニコしながら行く輩が、この手のまちづくりの賛同者にされてしまう怖さもある。イオ○に行くな!とは誰もいえんけど、『帯屋町はつまらない!』といいながら○オンへばかり行く輩は、ほんのわずかやけど自分たちが自分たちのおまちを壊す原因になっていることに気付くべき。

 穴吹ももう高知にはいらん!部屋買った顧客だけを商売相手としか考えず、まちそのものを商売相手として考えられない売り上げ至上主義(うわさでは自転車・・・)はもうええ加減に出て行ってもらいたい。かなり今回のお城周辺のあれやこれやで穴吹は墓穴堀りをしゆうらしい。

 それにしても公共交通もまちづくりも、根本的な法制度が我が国の場合中途半端じゃないかと思う。

 でもねー、高知はまだ何とかなると信じたいんやけどねー!

公共交通と一緒になってうまく機能。
それはおいらも同意見です。

この記事で考えたのは、女子大は女子大、高知大は高知大、商店街は商店街と、「個別のこと」を「個別に」やりすぎてきていて、全体をつなげて考えたら(それもかなり大雑把ですがね)、少しは変わるのかなということ。それでうまくいくことも(もちろんまずくなることも)あるのではないか、と考えてみた訳です。
その中で、公共交通はどうあるべきか。都心部再生に必要なものなのは間違いないのだろうけど、高知ではどうあるべきか・・・となったとき、そう簡単には変わらないんじゃないかと思うようになりました。
どうアガイテも、高知市もご多分に漏れずファスト文化まっしぐらです。こないだの記事でスタバができたと書きましたが、薊野界隈はその高知ファスト文化の中心地になっちゃってます。んで、土日ともなれば大渋滞ですよ。ツタヤもヤマダもイオンも人で一杯。で、そんなのを避けて街へ行くと、イベントのない日はちょっと寂しいことになっている。
薊野から見る限り、高知に「ファスト風土(全国均質な大量生産された風土/三浦展)」は浸透し切っています。南国バイパスや土佐道路の時代、それらはまだ物流にはつながっていなかった。だけど、高速ができてそれに連なる北環状線ができたときから、一気に流入し始めた。それまで無縁だったファスト文化にどこかでかつえていた分、水の如くにファスト文化を高知は取り込んで行った。それは県外資本だと言うかも知れないけど、それを喜んで消費したのもまた私たちなわけです。むろん、消費させられているという側面もありますが。
その結果が、この10年で進んだ街の破壊ですよ。ここまで早く破壊されるとは正直思ってもいなかったですが(9年くらいまえに、イオン出店に対して「黒船が来る」みたいな記事を現代タイムズに書いたことがあります。喜んでいる場合じゃないぞーみたいな)、ファスト風土を促進することになるんじゃなくて、もうファスト風土なんだと。

それでもおいらは街へ行きます。まあ行くのは日曜市とヒロメぐらいですが、そこには高知の豊かさがあると思うからです。おいらが、街に惹かれるのは、高知の豊かさすなわち「高知の文化」、ただそれだけなわけです。また、歩いていて少しは楽しいからです。イオンのように、狭い檻の中を歩いていって、意外な発見もなにもないところを歩くよりは、少しは楽しいからです。たぶん、街が勝てるのはそこだけです。

だけど、総合力では全然勝ててない。

じゃあどうするか。そこで女子大の話、高知大の話、公共交通の話、商店街の話そのたいろいろが飛び出てくる。個別の課題はそれぞれ重要。だけど、この4つを単純にバラバラ並べてみても、ファスト風土に勝てる要素はひとつもにないと思います。むしろ、これらの課題をきちんと同じ価値のものとして横並びにして、全部を一気にやるのではなく、段階を踏んでまとめて進めていく。

そのプロセスで、使えるものは使う。
おいらが穴吹を使ったらというのは、それです。マンションの建ち過ぎはとっても疑問ですが(ちなみに、高知市文化振興事業団発行のマニアックな機関誌・文化高知で「景観考」というコラムを連載開始しています。ここではマンションや駐車場、新建材が織りなす景観と、高知のありようみたいのを考えて行こうかと思っておりまする)、これも無計画にやらせるんじゃなくて、計画的に使っていく。うまく使えば、街の規模を小さくして、公共交通への投資額も小さくできる可能性があるわけで。規制をしても、マンション業者は絶対やってくる。だったらそれを誘導する。そういう考え方です。京都がそのいい例ですよ。

また、もはや定着したファストな要素も取り入れる。大量生産・大量消費のファスト文化という側面ではなく、それ自体が今や必要不可欠な条件として、ファスト文化の持つ便利さという部分は、現段階で消費者が求めることとして受け入れてみる。「何も考えずにイ○ンとかへニコニコしながら行く輩」とはいうけれど、それが普通の市民なんです。そして、普通の市民をそうさせてしまうのが、ファスト文化の恐ろしさなのです。私だって、高知遺産じゃーとか言いながら、ローソン行かない日はないですよ。問題はそのバランスで、やっぱり「うまいことやっていく」あたりを見つけていないといけない、ということ。今度はりまや橋にできる施設は、その「うまいこと」がどこなのかを模索してるなあ、と思いますよ。

公共交通は、むろん必要。ダイヤの統一やパスの発行、直通(現実的には、かつての安芸線のようにJR区間に電車が乗り入れるというのしかないでしょうが)、バス路線網の見直しや100円バスの立て直しなど、やれることはいろいろ。が、それを一気にやっても変わらない。なぜなら、公共交通で行くよりも自家用車で行った方が安い郊外があるからです。
おまちは公共交通と一緒になってうまく機能する。問題はその順番で、公共交通を使わせる場面を作るのではなく、公共交通を使いたいと思わせる街をつくる。公共交通に関する施策は、むしろそちらをにらんでいくべきではないかと思います。


 うまいこと表現するねー。

 公共交通を使うことが目的になる人はたぶん乗り物マニアくらいで、多くの人は公共交通を使って行きたくなる目的があるから公共交通を使うはず。で、その目的のひとつに中心商店街がある。

 いろいろ調べてみると、自家用車で中心商店街に行った場合、家→駐車場→目的の買い物→駐車場→家か他の目的地になって、あまり商店街をぶらついて意外な発見、出会いに繋がる要素がないみたい。で、公共交通でおまちに行く人の場合は、家→停留所→おまち→目的の買い物→ついでにぶらぶら(ランブリング)・・・→帰る・・・となるようで、目的が終わった後も結構ぶらついているみたい。そのことからまちの賑わいとか、発見、交流拡大とかなんとかに繋がるんやろね。また、駐車場が帯屋町周辺でも多くなってきたけど、駐車場自体も移動手段のひとつであって、目的地ではないので、目的地が集まるべき中心市街地の平面レベルにあって欲しくないのは事実やね。

 それらを考えた場合、はりまや橋の新施設にあれほどの駐車場を設ける必要はあるのかなー?と直感的に感じた。目的地そのものに駐車場があるとまちへのランブリングが期待できそうにない。
 ま、それはいいとして、公共交通とおまちは切っても切れん関係にあることは確かやけど、公共交通自体も様々な課題を抱えちゅうのは超確か!!。それはおまちも同じであり、どちらも根が深ーい問題。それはそれぞれで解決するしかないんやけど、高知のまち全体をどうするぜよ!というもっと根本的なプランがあって、その上で公共交通とおまちの利用促進、活性化策などが考えられるべきやと思うし、そうでないと根本的な解決につながらんと思う。


 つい先日、市役所の中心市街地活性化担当課の人から『いつもイ○ンで買い物します』と聞いた時には、口に出すなよ~と思うたし、ダメだこりゃと思うた。市民に変われというのは無理やけど、行政職員も変わらんといかんというのは・・・山がでかすぎる。

先日、ある小売店に取材依頼をしたら
「もう小売店なんてどこもアカンから、スーパーに行って」って言われました。
取材が面倒くさかったとか、そんな理由もあると思うのですが、この発言は非常にいかんと思いました。
本音だとしても、その発言を第三者に向けて口にしてはいけないと思います。
仕事人としてのプライドがないというか、業界に対する責任感がないというか。そして、これこそが「妙なおごり」だなと感じました。
取材を受けろってことが言いたいのではなく、専門家が「スーパーに行け」なんて、そんな発言しちゃいけませんよね。
これが現実かと思うとテンション下がります。

ど>が、今の街で、日中ブラブラしたいところってあるかいね?おら、高松とか行ったら結構ブラブラとするんだけど、高知って意外とブラブラしておもろいところが少ない感じがする。お気に入りの店や友達の店がちょっと外れに多いということもあるだろうけど。
街に行くとするとだいたい日曜日で、日曜市を東から西までぐるっと回り、その後ちょっと街にいくぐらい。だけど、たとえば書店でも、街中よりも郊外の方が充実したのが多くなっていて、待ち合わせで使うぐらいになってきてる感じがある。また、珈琲豆買うのでも珈琲飲むのでも、はたまた小物を買うのでも、なんだか街のはずれの店のほうがよっぽど充実していて、そっちへ足が向かう。
たいがい街はおいらも歩きまくっているけど、発見がないなあ・・・というのもまた実感。「貸店舗」のサインを発見することが増えて来ているということぐらいで、発見や驚きのある場所はなんだか消えて行ってる感じがする。高松とか松山へ行くと、むろん住んでいる街じゃないからというのもあるけれど、意外と路地裏とかに変な店がポコポコあったりして、おもろいんよね。また、徳島とかは、街のエリアが駅前と眉山前と飲み屋街の3つエリアにきっちり別れていて、それぞれ「たいしたもんはないにせよ」意外と歩く楽しみがあるんだけど、それをうまいこと川や橋が結びつけていたりして、なんかようわからんけど、「物語」がある。
だけど、高知の街って東西に絞られた形をしていることもあってか、路地裏もないし「探訪」できるエリアが少ない。さらに街がかなり一塊になっているところがあって、「色」というか「雰囲気」が均一な感じもある。高松ならライオン通りと丸亀町は全然違うし、松山でも大街道と坂の上の雲の商店街では空気が違う。高知でいえば大橋通は空気が違うけど、あとはどこへ行ってもおんなじ感じがする。
結局おいらにとっては、街にそれほど魅力が無いから、ぱっと行ってぱっと帰れる車で行った方がまだましだ、なんていう感じもあるかもしれん。そういういみでは、どいさんと逆で、駐車場はもう思い切って街に取り込んでしまうしかないじゃろう、派かも。ただしこれ以上増やさず計画的に駐車場を置く、という考え方で。。。はりまや橋の商業施設も含めた、一体的な駐車場計画。エリアを広〜くとれば、パークアンドライドにもつながる。車社会からの離脱には時間がかかる。むしろ、車社会と公共交通のドッキングこそ大切。いや、車社会と街・公共交通のドッキングか?
まあこのままじゃあ、やっぱりお街はダメでしょうね。消費のあり方・方法が根本的に変わって来ているうえに、政治経済やメディアのあり方もどこかおかしい。根本の部分で何かを動かさないと、もうやっぱりダメとおいらは思いますよ。そうしたことの先進事例は、全国各地にあるわけで・・・

まあそんなもんでしょ。地域計画やっている人でも、イオンのシネコン署名に堂々とみんな署名してましたから。地域計画とかまちづくりとかいってる「プロ」でもこうか、と思いましたもん。
>つい先日、市役所の中心市街地活性化担当課の人から『いつもイ○ンで買い物します』と聞いた時には、口に出すなよ~と思うたし、ダメだこりゃと思うた。市民に変われというのは無理やけど、行政職員も変わらんといかんというのは・・・山がでかすぎる。

ゾンブイ>なるほど。そういう店は潰れたらいいんかもね。その結果、も少し地価が下がれば、新しい人も入りやすい。街で店やりたいていう人は結構いるはずなのに、今の高知のえらい高い地価がそれを阻止しちゃってる。いったん下げて、血を入れ替えて、また地価上げる、そんな流れになったらいいのになあなどと勝手に思います。まあ、でもゾンブイさんのような現実を実際に見聞きすると、やっぱりテンション下がりますな(笑)
やっぱり頑張る人たちが頑張ってる、そんな店の方が、行ってて楽しい。ローソン薊野店の彼と一緒ですよ。投げやりだったり、諦めていたりすると、あまり行きたくない。

地価は確かに高すぎですね。全く人通りのない場所でも驚きの価格。あれじゃ、店が軌道に乗るまでに家賃で潰されてしまいます。
商店街の空洞化がトコトンまで進んだら、地価が安くなりますかねぇ。

でも、ホント、やる気のない人に会えば会うほど、ローソンの彼が恋しくなります。今日もツライ出来事があったので、寄ってみようと思います。

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