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2006年02月16日

●【高知ランドスケープ考】はりまや橋公園

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 高知市の文字通りセントラルパークである中央公園が地下駐車場付きの公園に改築された折り、なんとも貧相な樹木と温もりのなさすぎる灰色の広場に失望し、漠然と「高知の街をどうにかしたい」と思い出したのが、87年(中学2年)。

 以来、まずはじめは行政から変えるのが筋なのかと思い政治経済学をめざし(高校1年)、あまり勉強ができないことを思い出して(高校2年)いつのまにか公園設計や建築設計を志すように(高校3年)なり、勉強するなら東京だと思って行った東京が思いのほかどうしようもなくて(浪人)、京都に居着いたという流れがあります。

 んで、京都を選んだ理由が、当時盛んだった「景観論争」の舞台だったから。京都ホテルや京都駅の高層化を控え、仏教会が拝観拒否をして大問題となったアレです。まあ間違いなく4年おれば「景観論争」の顛末をみることはできるわけで、ランドスケープや建築というのを漠然と考える上でこれ以上ない土地だと思った訳です。高知では「景観論争」なんてものは21世紀になった今でも特に論じられることがないわけですが、開発と保全のせめぎあいというのは、将来の高知においても課題になるのではないかという思いもありました。

 まあそれをおいても京都はなにより庭園が山ほどあるし、地震もない(しかし95年には京都や関西は関東以上の地震の巣だということを思い知る)。大阪や神戸といった全く異なる都市と隣り合って個性を競い合うところも、四国のそれとどことなく似ている。もうこれ以上ない土地だったわけです。
 で、今。ランドスケープの仕事はもうやっていなくて、最近は本やウエブのデザインを通して「高知をなんとか」という方向に移ってきています。自分の中では一切矛盾はないわけですが、まあ10年前には想像していない方向へやってきておりますな。。。

 まあそれはよいとして、高知のランドスケープデザインは、相も変わらず貧相です。県庁所在地では降雨量が最も多い都市であるというのも大きいでしょうし、なぜか建築系や純粋土木系コンサルが公園を設計したりしていることも多かったりで、中心部における公園はまともに「ランドスケープ」として括れるようなものはありません。建築についてはまあ土建天国ということもあって公共施設を中心に有名建築家による名建築が結構あるわけですが、なんでここまでしょぼいのかフシギですよ。牧野植物園だけは違いますが。

 たぶん、「ランドスケープ」という言葉の意味もほとんど理解されていないというのが実情でしょうし、そもそも必要としていないのかも。いや、その必要性が理解されていないのかも。

 そんななかでやったのが、先月の高知駅前広場のランドスケープや交通政策に関する市民提案でした。基点は高知市民会議というNPOの公共交通部会で検討されてきた交通政策に関する提案にありましたが、おいらは交通政策やまちづくり政策をも含むランドスケープデザインを本来やるべきではないかという考えをもっていました。また、サイン計画やガイドなどに関わるグラフィックデザインともあわせ、まさに「デザイン」という緩くも明確な指向性を持った括りを与えるべきではないかと。

 デザインという言葉が万能だとは思いませんが、「デザイン」という言葉を抜きにして物事を考えると、結局そこには無味乾燥な裸の「機能」だけが残るに過ぎないと思います。もしデザインをはしょったり適当にしたりして裸にしたとすれば、イニシャル/ランニングコストはいくらか下がるはずです。しかし、服を着せてあげることで得られるはずの利益まで下がって行くというのでは元も子もない。寒い工場で工員に1万円の暖かい作業着を与えて働かせるのと、必要最低限の2000円の薄い作業着を与えて働かせるのでは、得られる成果が全然違う・・・そんな感じ(強引)。

 さて、話がずれてきてますが、もう少し高知のこれからを考える上で、デザインの効能というのはもっと考察するべきではないのか。ただの批判ではなく、批評を重ねて議論なりなんなりをするのも必要なんじゃないか。そんな印象を持っています。まあこんなブログでシコシコと書いていてもまあ限界はあるわけですが、とりあえずはできることからというわけで。

 で、まずはランドスケープをシリーズで。いずれは「やな○たかし」と「馬○村的デザイン」一辺倒になりつつあるデザインの近辺についても、考えてみたいのですが、こちらはまだちょっとまとまっていないので後日開始ということで。。。

予告
1. はりまや橋公園〜センスなしを露呈したカオス・ランドスケープ
2. かるぽーとと新堀川〜歴史は「邪魔者」のランドスケープ〜
3. 柳町とおびさんロード〜どこか殺風景なランドスケープ〜
4. はりまや橋交差点の景
5. 百足屋さんと縣米さん





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コメント

人に聞いたお話ですが、サンフランシスコの金門橋がどう見えるかで、バークレーは景観設計したように聞きました。
 海上からのスカイラインをかんがえ、ニューヨークの摩天楼も建築制限されているとか。沖縄での米軍基地をこしらえるとき、米国からランドスケープのデザイナーが建物や施設の景観設計をしたそうです。それで整然とあるのですね基地は。
 街路整備と道路建設を都市計画と言うのが日本。観光で生きると言う割には、景観設計が滅茶苦茶な高知ではあります。

金門橋のお話にもあるような意味で、景観デザインで重要なのは、視点場とか対象とかそういうのを設定しておくということです。
どの風景を活かし引き出し(主対象)、どの風景をその引き立て役にしていくか(副対象)、そして、それをどこからみるか(視点場)というのを考えておかないと、どうしようもないことになります。
高知の場合には、高知城や北山、五台山、筆山などが主対象となりえますし、もちろん一個一個の建物だって主対象たりえます。
主対象と副対象、視点場の関係は一体的であり、またとても複雑なものだと思うんだけど、高知の場合にはいずれも主対象が主対象のことしか考えずに設計しているような感じがしますね。
http://www.infra.kochi-tech.ac.jp/shige/LD1/03/3-060.html

まあこれは景観ということだけでなく、機能的にもそうです。そのいい例が中央公園ですよ。
改築時に背を向けていた回りの建物は、改築から20年を経ても公園側を未だに向いていないわけですが、いきなり回りに無意味にせせらぎを設けてしまったりして、公園側に「向きたくなるような」デザインになってないような気がするわけですよ。中央公園自体のデザインは主対象として控えめにあろうという方向でつくられたんだろうけど、機能的なデザインでいうと、主対象として期待できた機能を全うできてない・・・そんな印象です。

「観光で生きる」という意味が高知の行政やその関係というのは、あまりよくわかってないような気がします。でなければ、無数の可能性がある新堀川に蓋をするなんてことにはならないと思いますね。

■今回のランドスケープのお話には、興味があります。連載を、楽しみにします♪
■パリってどんなまち? ロンドンってどんなまち? スイスってどんな国? と聞かれたときに、街の匂いを思い出したり、街の音で説明する人は少ないはず。ふつうは、まちの「見た目」を思い出すと思います。
景観フォーラムやシンポジウムなどでは「都市景観には五感で感じる街を含めたい」という陳腐な台詞がしばしば聞かれますが、問題の核心をぼかすだけです。まちの個性とは見た目が大半だ、と言い切っていい気がします。デザインはそれだけ大事なものですよね。
■戦後すぐの頃の海外の書籍や、偶然手元にある、古いJ.P.サイモンズの「ランドスケープデザイン」という大型本を眺めると、アメリカは歴史が200年しかない国なので文化にコンプレックスがあるからでしょうか、日本のランドスケープデザインをべた褒めです。まち、建物、神社・・・。「アメリカは、自動車や大型冷蔵庫の有無など文明では日本に勝っているが、文化では教わることばかりだ」、と。
■それがどうしてこうなってしまったのでしょうね。数千年の財産60年で別のものに。貴重品のような一部の美観地区以外は、看板建築の群ればかり。 怖いのは、こういう街を見て育つとそれが当たり前なわけで、「悪くなった」とも感じず、疑問も無く、・・つまり社会的に「ランドスケープの重要性」がどんどん隅に追いやられて、状況が悪くなっていくのではないか、ということです。心配。

僕は伊勢神宮内宮が好きです。

ランドスケープをデザイン中心に考えると変な景観になりますよ。ランドスケープの意味は自然の営みを含めた意味があると思います。デザインは大事ですが、それ一辺倒になると芸術的過ぎたり、庭園的になったりします。都市空間であっても、生物や生態系の営みをどうデザインするかという視点が大事ですね。自然がつくる景観が最も美しく、妙なるのは皆わかってることと思います。また自然と調和した生活をしていたかつての農村が美しいのはそのせいです。経済発展後の川や公園、都市はこの視点がなくて変なものになっています。故に、ランドスケープ・エコロジーとよく言いますね。

Finemanさん>
単に見た目では、おいらはないと思ってます。後のken_さんへの返答ともだぶりますが、大阪のミナミとかへ行くと、表面のデザインよりもその景観の中にある生業そのものとか、それがもたらす猥雑さとか、そうした「デザイン」ではひとくくりになんかしちゃあいけないようなものも、「ミナミらしい」景観を形成する重要な要素になっていると感じたりします。
逆に見た目だけでいくと、下手をすれば生気のない空間になったりしてしまうのではないかと。要は、見た目だけではなくて、純粋な機能性のような明確なもの、生態系や文化といったどっか曖昧模糊としたものまでも大きく含められているようなデザインが、もしくは基点にしたようなデザインこそが、たぶん理想型なんかなあと。
その点で、アメリカのランドスケープデザインはとってもライト(軽い)ですよね。
おいらが以前勤めていた事務所もアメリカ系だったのですが、どちらかというと表層の美を追求するデザインのような気がします。いま、日本のランドスケープデザインの先頭をゆく人々はだいたいアメリカンランドスケープの系譜上にあるんですが、地域性とか環境にコミットしたデザインかどうか、というと、ちょっと疑問があったりします。なので、以前勤めていた事務所の作品は、東京や大阪の都会のどまんなかにあるのには違和感がないんですが、高知とか四国というレベルでみると、もしあったらすごい浮くな〜とおもってました。

まあそれもアメリカさんのお陰ですね。ぐろーばりぜーしょん(藁
>それがどうしてこうなってしまったのでしょうね。数千年の財産60年で別のものに。貴重品のような一部の美観地区以外は、看板建築の群ればかり。 怖いのは、こういう街を見て育つとそれが当たり前なわけで、「悪くなった」とも感じず、疑問も無く、・・つまり社会的に「ランドスケープの重要性」がどんどん隅に追いやられて、状況が悪くなっていくのではないか、ということです。心配。

> よ輔
おらも好きです、伊勢神宮。やっぱり日本人だと思いますわ。
しかし爺さんが多い。

ken>
全くもって同感です。まあこの連載ではそこまで深いレベルでは書かないつもりですが(それをいいだしたら「論」になってまう)、おいらの思うデザインって、ランドスケープでも出版でもなんでも、芸術性とかそういうことよりも、地域性とか土着性とか、そういうところに根ざすべきだと思うんですよ。
もちろん、芸術的すぎたり庭園的である空間もあっていい。でも、それはたとえばモネの庭とか清水の方の温泉のようなハレの空間にあったほうがいい。さっき上の方でも書いた、アメリカンデザイン(かなり芸術的で庭園的といえそう)が都会にあるぶんにはいいけど高知にあったら違和感・・・というのは、都市のハレの場にこそそうしたデザインが合うんだという意識から出てくるのかも知れません。

ただ、おいらはビオトープのやりすぎもどうかと思うんですよ。一時期どこでもなんでもビオトープという風潮があったと思うんですが、kenさんがデザインしすぎは「庭園的」と言うのと同じように、生態系しすぎて「非日常的」になってしまうというのもある。もちろん生物のコリドーをつくるとかそういう点で、意味はもちろんあるし、一番美しいとも思う。だけど、なんでここに?というのもまた真かと。

まああれです、きっとバランスをとるべきなんだということなんかなと思います。どっちも悪いとはいえない。必要な場面、不必要な場面がある。つまりはその場所の特性、地域性、環境、文化、交通、歴史・・・その他諸々のことをふまえたデザインが必要・・・ということなんじゃないでしょうか。
一応おいらビオトープ施工管理士の資格を持っているんですがw

その点で、高知のランドスケープは地域性も環境もへったくれもない、というのをこの連載では書きてきたいもんですね。

ランドスケープ。聞いたことはあるけど、意味をすぐ理解できていない言葉だったので、すぐにググってみました。すると納得。これは開発の理想形だと思います。ただ、理想を形にするにはいろいろ邪魔者やら問題事やらが迫ってくるもの。
タケムラさんには負けずに頑張ってほしいです。

個人的には高知の歴史が軽んじられている気がします。だからといって有名人一辺倒の展開もうんざりします。あともっと街に緑がほしいです。

先月、伊勢内宮に行ったお爺さんからでした(^-^)

まあおいらはランスケについては批評と提案の側で、もう設計することはないと思いまする。まあ今の段階での考えですが。
高知。歴史軽視はほんとにすごいですね。その割に城下町都市とかいうので、よくわからない。たぶん市役所内部での意思疎通がうまくいってないんだろうけど。
どっちにせよ、「歴史」というのをイベント的にしか消化できないというのが高知の寂しいところですね。そんなイベントに使う金があったら、高知の歴史を伝えるモノコトをいかにして守るか、そのことの知恵に回してほしいです。

明治の初めの文学者小泉八雲は日本の景観の美しさに驚嘆していました。レポーターかなんかのアーネスト・サトウもです。
 葛飾北斎の浮世絵に描かれた風景は実に美しい。実際そうだったのでしょう。

 彼らは日本の欧化や近代化の愚かさを嘆いていました。
 ことローカルの高知に関しては、都市計画なんて存在しませんし。
 昔高知県の「都市計画マスタープラン策定委員会」の委員を公募でしましたが、僅か半年でなにができるのでしょうか?

http://www.nc-21.co.jp/hoeru/masutarplan.html

 計画性のなさと、地元文化を軽視する高知の伝統なんでしょうね。

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