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2006年01月31日

●高知市長に提言書提出

先月から作業を続けていた「みんなの駅広会議」、1月30日(おいらの誕生日ですな)に岡崎高知市長に『提言書』をお渡しました!

ちょうどおいらは高知遺産松山展の準備で行けなかったのですが、主要メンバーで市長さんにお会いしてしばしの懇談の後お渡ししたそうです。
今回の提言書は、15日に開催した「みんなの駅広会議」トークバトルやアンケート調査の結果をふまえ、メンバーで提言書+資料編全45P!として仕立て直したもの。提言書の最終構成はテキスト好きのおいらが担当しやした。

さて、市長、市役所、委員会メンバーの皆さんが、今回の提言書をいかにして受け止めてくれるのか、淡い期待を抱いて2月2日の第7回JR高知駅前広場基本設計検討委員会の日をまちたいと思います。。。
この日が失望と変わる日になるか、希望の日となるか。良心的な委員さんがいることを願って・・・

016-003.gifみんなの駅広会議提言書(PDF1.6MB/16P)

016-003.gif関連記事「みんなの駅広会議」 高知市長に提言書を手渡しました!






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コメント

高知市長がどれだけ聞く耳があるのか見ものですね。不祥事続きでそれどころではないでしょうね。
 でも貴重な動きであったことは確か。どんどん情報公開して議論をしましょう。

作業ご苦労様。短時間で大変だったと思いますが、とても心がこもった提言書で読んでいて納得するばかりでした。今後の委員会の資料として提出され、提言書の内容について委員の人たちからどういう意見が出されるのか待ちたいと思います。

提言書提出おつかれさまでした。
多くの意見をきちんと整理して、まとめるっていう作業は大変だと思いますが、とても意味があると思います。
市民が市民に耳を傾けるってのは、市民自体の意識醸成の効果があることでしょう。

で、もっと生の声をオープンにしないのでしょうか。市民の声→行政(委員会)という情報だけではなく、市民の声→市民の情報発信をぜひ。
資料編にたぶん入っていると思いますが、ポストイットなんかのテキストを全公開ってのは迫力があるとおもいます!!
まとめることも大事だと思いますが、参加した人の声がきちんと公開されるのは、参加した証が示されることで、発言した人もうれしいのではないでしょうか。公開していくことで責任ある発言だって出てくると思います。

けど、作業がたくさん増えるので、それはそれで大変ですね(涙)

結果的には、シャンシャンの委員会で委員長の「預かり」ということで駅前広場設計案は4案併記というとってもとってもダメダメな終わり方をしたようです。
いったいぜんたい、象牙の塔の大先生にお預けしてどうするつもりでしょうね。それでいい案にまとめなおしたとして、どこへどのような形であげるというのでしょう。
正直いって謎だらけ。

ほんまに市民=サイレントマジョリティーだと思われてる証ですよ。まあ大多数の市民にとっては、もしかしたらどうでもいいことかなーとは思うけど、果たしてどこまで今回の駅広会議の声が委員長に届いたんだか。C委員ら一部の良心的な委員さんの声を、どこまで聞いているんだか。
たぶん「市民の声なんぞ聞く必要ない」と思ってはるんでしょう。
あと東京のコンサルも、えい加減にきちんとした絵を書けという感じですね。いつまで新入社員レベルの人間にやらせてるんでしょう。もっと柱のある、もっとキレのいい人間を使えといいたいですね。田舎だと思って適当に仕事すんな。

県もいつまで傍観者面してるんでしょう。「市がうんちゃらかんちゃら」と言い訳するのはいい加減やめてほしい。なんのための公務員なんでしょう。
てなことをみんな言っているのに、なんで動けないんだろ。カチコチの県市ですが、先に動いた方が喝采されるし確実に主導権握れるのに。
まあこのままいけば、どうしようもない駅前広場ができそうです。コンサル、大学の先生、県、市の不作為がもたらす悲しい現実です。

ちなみに、資料編には全てのポストイット意見などを掲載しています。資料編も公開した方がいいかも知れませんね。

おつかれさまでした。
とても、よい提言書だと思いました。

マスコミの動きも鈍いのでしょうか。
計画は練れば練るほど良いものになるのに、最初の図面一枚あるだけで新しい駅だと満足する御大方の顔が浮かぶようです…。
突破口が欲しいですね。

■こうした整備は、上流( 基本構想 )から下流( 基本計画→基本設計→実施設計→施工 ) へと進むほどに、フットワークが重くなりがちですね。この場合まだ中流の計画段階のようですから、いくらでも変更可能ではないかと思う一方で、表に出てくる情報はまだイメージ図であるけれども、受注コンサルは3月の年度内に基本設計程度を納品する工程になっており、実は水面下でもうかなり図面が出来ていて、いまから大きな変更など間に合わないということもありそうに感じます。

■一つ思うのは、絵にできる「整備案」に異論があって対案の絵をぶつける、というのも一手ですが、その前段の、計画案の「策定手続き」自体に、対案を提示することが出来ればよかったかな、という気もします。
その段階では表に情報が出ず、水面下で静かに進められたので誰も知らなかった、のかも知れませんが・・。

駅広整備は、交通量、利用量の予想データから車道歩道の面積が決まるので、これに関しては数字や取り付け位置の問題です。
コンサルにはこの大枠だけをやってもらって、使い勝手や空間デザインについてはまた別に検討したいところです。
私が以前大手コンサルの下請け会社で仕事をしていた時、駅広の仕事をしました。
その時、車道の取りまわしは決まっていましたが、その他の歩道部分のデザインと実施設計をしました。思うに、今回のコンサルの基本計画図は空間デザイン担当の手を全く経ておらず、景観的討議検討もされていないと思います。私の仕事の時のように、実施設計段階でデザイン的要素を入れるつもりかもしれません。しかし、それでは車道の割付は変わらないので、景観デザインには相当制約が出ます。
コンサルとしては、一旦デザイン的に凝った内容を出してしまうとあれこれ意見やツッコミが入って面倒なので、今の段階では出さないのかもしれません。実施設計で担当者に手間取る仕事を回し、それがもし下請けなら金額的しわ寄せをかぶせる構造です。
その意味で、コンサルも役人も手早くまとめるために確信的手抜き仕事をしています。
その点を今の担当者や先生たちに痛感してもらう必要はありそうです。
そのような構図なら、今回のように組織的でまとまった声が継続して息長くあがれば、良い結果になる可能性は出ると思います。
今回整備の結果が双方にとって良いものになんれば、役所も早くから重要案件の工程を公表して意見を聞くようになるかもしれません。
役所も声をあげる側も、互いを認めて信頼しあえる関係になると良いと思います。
担当者とその上司の課長部長クラスに会いに行って、前向きな意見交換ができると良いですね…。

こんばんは。 jerusalem1さまのお話は、示唆に富んでいて、考えさせられました。
今回の、どろどろした政治力に頼らない、直球で投げ込む対案づくりの汗と労力にまず敬意を感じます。
一方で、個人的には、景観の細かいデザインは市民参加に向かないかもしれない、とも思っています。↓
http://fish.miracle.ne.jp/mail4dl/01-concept/consept6.htm

jerusalemさん>
マスコミはきちんと動いてくれています。しかし、それを行政の方がきちんと受け止めてくれているかどうかは、わかりませんね。
「突破口」。
ほんまに欲しいですが、なかなか世論的におおいに盛り上がっているという状態ではないので、これまた難しい・・・

Finemanさん>
まあ東京のコンサルがやっている話ですからね。
それもただの土木系。おいら土木系コンサルにいるのですが、他所の会社も含め土木系は「絵にする力」がどうにも乏しい。一時期流行っていたシビックデザインとかでもひどいのばかりじゃないですか。
なにはともあれ、せめてもう少しきちんと筋の通ったデザインをしてほしかったですね。。。

策定手続き自体は、行政が突然決めてしまっている訳ですから、なかなかかえれないのが実情です。今日の新聞でも周辺街区の市民案の選定は非公開という記事が出ていたのですが、いきなり座長の(やっぱり大学の大)先生のそれっぽいコメント「行政施策の方向性を決めるものと違い、個人の価値観を評価する側面が強く、非公開の方がしっかりとした議論ができると考えた。最終的な選考結果や理由はきちんと説明していきたい」も添えられていて、取りつくシマもありませんよ。
http://www.kochinews.co.jp/0602/060209headline04.htm#shimen4
ああ、全然わかってねーわ、市も、先生も。
そんな感じです。
公開したら選考会がにわか特定市民で埋まるから?

jerusalem1さんその2>
自分も以前ランドスケープの設計事務所にいたのでなんとなく手順はわかるのですが、基礎条件は基礎条件であって、それをいかに料理するかというところに「デザイン」という仕事があります。
今回のような「デザイン」もへったくれもないただの図面を出してしまうと、むしろその点で突っ込みがはいるのではないでしょうか。
逆にここで突っ込みをしないと、誰もいない広場「かるぽーと」の二の舞です。
逆にいえば、基本設計について十分な時間をかけてやらないとダメということですよ。
・・・てゆか、だいたい概略→基本→実施と設計を重ねて行くこと自体、実は予算消化だけに写る部分もあって、なんだかなーという思いがあります、おいらには。
仕方が無い部分もあるけど、基本と実施で出てくるデザインが全く変わるのであれば、果たして基本設計の意味はあるのでしょうか。
ならば、概略設計の段階で基礎条件を十分にかためて、基本設計でデザインの方向性をいくつか示し、実施設計でその一番案を詰めて行くという手順でいいはずです。

こないだ市長に挨拶をする機会があり、お願いしてきましたw
>担当者とその上司の課長部長クラスに会いに行って、前向きな意見交換ができると良いですね…。


Finemanさんその2>
実はこれ、自分も全く同感です。
なんでもかんでもワークショップとかいうのは、結局は「クレクレ」の固まりになってしまうだけで、そのもの本来の用途や求められるデザイン性が損なわれるからです。正直、仕事でワークショップとかするの、おいら大嫌いですから(笑)
結局、多くの参加者は家の前の墓場をどうにかしてくれとか、ブランコが欲しいとか、クレクレだらけで、結局その場所をどうしたいのか、その「客観的理由」を説明できません。
なので、自分はこの数年、ワークショップでみんなでワイワイ固めるよりも、まず提案を出してそれについて意見をもらい、議論をするという方向で仕事をしてきました。時間はかかりますが、その方がよほどいい仕事ができると信じてます。
また、今回、おいらがこの駅広会議に参加したのは、逆に「クレクレ」の場もなく、なにより用途やデザインに大きな疑問を感じたので、これを表明することが必要だと感じたからです。
まあ、なかなか難しいですね、この案配は。
>一方で、個人的には、景観の細かいデザインは市民参加に向かないかもしれない、とも思っています。

■コメントに回答をありがとうございました。
ある東京の先生が、説得力のある、箱庭のように整った概念として、修景デザイナの仕事には、

直訳:市民が望むものを全部入れた案。ごった煮で、でたらめ。
意訳:声を聞いたふりだけで、デザイナが自分がやりたいことをやる。
翻訳:市民の多様な声を昇華して、皆が喜ぶ、期待以上のデザイン

の3つがあり、力のあるデザイナは「翻訳」ができる、とおっしゃっていました。
話としては面白いのですが、魔法のように予想もしなかった素晴らしい翻訳、というのを、私は見たことがありません。意訳や直訳ばかりで。

■役所から2案作れと指示された景観設計会社の担当者が、力を入れて練りに練ったA案と、捨て案として適当にでっち上げたB案を作って、
役所の担当者と課長さんに見せたら、「いいじゃないこれ!」 と2人揃ってB案を選ばれて、椅子からずり落ちそうになった、なんて話も聞きます。
・・・細かいランドスケープデザインは、専門家に任せたほうが良い気がします。

直訳:市民が望むものを全部入れた案。ごった煮で、でたらめ。
・・・最近多いですよね。ワークショップなんてものがはやってるおかげで。ワークショップをやったら住民がその施設を愛するとはいうけれど・・・赤岡の絵金蔵くらい何年も時間かけてやるならわかるけど、たったの数回のwsで「あれほしいこれほしい」を出し合って模型つくって(orつくらせて)はいできた・・・というのでは、結局ライフスタイルが変わる10年後には全然要らなくなってしまうんですよねい。
はりまや橋公園とか、その典型例か・・・

意訳:声を聞いたふりだけで、デザイナが自分がやりたいことをやる。
なんかどっちかというと建築に多いような気も。高知では。
でも実は力強い。だけどダメなデザインなら最悪・・・みたいな?

翻訳:市民の多様な声を昇華して、皆が喜ぶ、期待以上のデザイン
駅前広場、そうあってほしいけど、なんか無理っぽいですね。
いまさら難しいんだろうけど。
「走り出したら、もう誰も止められないんだ」byペジテ市長


後者の2つの話、自分も経験ありますw
公園じゃなくて、他の調査研究の仕事とかデザインとかで、
適当に流して出した方が「いいじゃないか」みたいな。

ちょっとごぶさたしました。
年度末で、バタバタしてます。
WSと景観設計の話ですが、どちらも段取りの問題が大きいと思います。
私が経験した駅広は、東京郊外私鉄のやや閑散線区同士の乗り換え駅で、自治体の名が付かない「顔・玄関」とはならない場所でした。
元請け会社には、ランドスケープ部門もありましたから、休憩や景観のためのスペースとして、最初から場所が段取りされていました。縁にベンチを据えた流れと水の段落とし、植栽のパンチングなどを整備しました。それは最良ではありませんが、最悪ではありませんでした。効率的なやり方でもあります。発注者もそれでOKでした。
今回の高知駅の場合は、それも考慮されていないことが問題です。歩行動線は考えられていても、滞留の場が冷遇されすぎてますよね。

WSについては、意見のまとめ役がどうしても必要になりますね。役所・コンサルの側ができることできないことを説明する時に、事業の限界をフォローしたり地元の優先事を主張したりくれる町の長老役は必須です。妥協と譲り合いが事をまとめますから。私が経験した都市の町内会でのWSはそれなりに機能していました。その「まとめる感覚」を関係者が持っていると助かりますよね。
これは都市の決め事の段取りとでも言えばいいでしょうか。

街の問題へ責任あるコミットメントをする次世代の市民と役人の登場が待たれます。
団塊と若手の間の私の世代の役割意識が薄いことも強く感じます。
今回の駅広の落としどころが、少しでも前進につながることを心から祈っています。

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