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2005年02月16日

●感覚の問題

お役所の方たちと一緒に仕事をしていると、なんだか妙なところで息が詰まる。腹立たしい。
みんながみんなそうというわけではないけれど、やはり彼らは民間とか一般という言葉では括ることのできない絶対的なずれがある。

 予算に対する感覚はとにかく強い。予算オーバーでも不足でも、見積の内容にどれだけ沿った仕事をしているか、どのような仕事であってもその一点にチェックが集中する。結果重視というべきか原点重視というべきか。これはまあ予算準拠主義の役所では致し方のないことだけど、その結果軽視されるのが「プロセス」。予算でこうだから当初企画書でこうだからといった理由で、たとえばより利便性を高めるための方法やより現実に即した方法、爾後のことを考えた方法への対応がなかなかできない。結果として、その時の成果自体は「良い物」ができても後に続かないことが多い。最初に豪華なものをつくりすぎたり実態に即していないものをつくってしまうことになりがちだから、それを後に使う側動かす側が不便だったり使いこなせなかったりといったことに往々にしてなる。箱物行政と批判されたアレと同じだ。
 財政難の現在の行政にとって「後に続けられる仕組み」とは、はじめの予算のあるうちにでかい花火を打ち上げておくということがどうにも多くて、次年度以降続けていくための地味で小さな「土台づくり」や「準備」にあまり目線を向けてくれない。これはそれだけ予算状況が厳しいということの裏返しで、次年度以降の保証ができないからこその「最大限の努力」の賜物なんだと思う。だからあまり悪くは言えないけど、続かないことにお金をかけるのは、また一方で無駄な努力になりかねなかったりもする。本当に難しいところだ。
 公務員は「単年度予算」にすっかり慣れているので、次年度や未来への継続性への関心や想像力があまりないのもつらい。優秀といわれる公務員ですら、単年度単位での事業計画づくりはうまいなあと思わされても、次年度以降は厳しいだろうなあと思わざるを得ないものが多かったりする。立ち上げはうまいけど続けられない癖があるというか。第一、毎年毎年「担当」が変わるかも知れないから、その一年一年をがんばらないといけなかったりもする。その一年一年で大きな花火を上げておかないと出世に響くわけだ(よくいわれること)。
 でも、はじめがよくても次がなければ、その地域にとっても、その当事者にとっても傷は大きくなるだけだ〜あれはなんだったのと〜。中身が育っていないのに頑丈な鎧甲を着せたところで結局は鎧の重さにつぶされる。無茶な詰め込み教育ではなく、本当のゆとり教育を考えないと、たぶん3年後には何も残らない。うーん。本当に行政ってむずかしい。
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