●高知新聞のHP、もっとがんばってくり
仕事柄新聞の記事というのはものすごく大切で、毎日なんだかんだと30-50分くらいは高知新聞を読んで、月の半分くらいの確率で朝日・毎日・日経のどれかを昼間読んでいる。あと会社では日経MJというのも取っている。
記事の偏りはまああるけど高知新聞は地方紙としては結構面白くて、連載記事も結構いいのをやっていたりする。
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仕事柄新聞の記事というのはものすごく大切で、毎日なんだかんだと30-50分くらいは高知新聞を読んで、月の半分くらいの確率で朝日・毎日・日経のどれかを昼間読んでいる。あと会社では日経MJというのも取っている。
記事の偏りはまああるけど高知新聞は地方紙としては結構面白くて、連載記事も結構いいのをやっていたりする。
02年10月から2年間暮らした56号室がついに撤去された。
沢マンで一番古いテイストのある部屋を目指して暮らしながら、最終的にはひどい雨漏りに屈する形で18号室に移ったわけだが、一切合切が取り壊されるとやはりちょっと寂しい感じがする。
高知西武の跡地利用が決まらない。
はりまや橋という高知一の交差点にありながら、いまははす向かいの国際ホテル跡(東横インが入ることになった)と共に絶望的な地方都市の現状を指し示す廃墟としてその姿をさらしている。
(12/22に下書きのまま残してたのでアップしました)
もう10年というべきか、まだ10年というべきか。神戸の街が壊れてから10年が経った。
あの日は京都の自宅にいて、午前3時くらいまで雑誌「カメラトーク」の特集記事用として京大裏に事務所があったエイズポスタープロジェクトへのインタビューをしていた。なんだか静かに噺が盛り上がってなかなか帰れなくなって、やっとこさ帰ってきて爆睡してたら突然の大揺れ。
モノが落ちるというのは辛うじて無かったけど、ゴーッという地響きのなか本棚が倒れそうなくれいに揺れ、レンジやテレビがあともう少しで落ちるというくらいまでずれてしまった。テレビを付けると大阪のスタジオは停電してパニックになっていたり、東京の方から流れる平和なニュースがあったりと訳が分からないし、外を見ても車は結構普通に走っている。京都は震度5。一番はじめに出たニュース速報では京都と豊岡か米原だったかが震度5と出ただけで、震源はそれを見る限り京都でないの?という感じだった。

イラストレーター柴田ケイコ氏の結婚披露パーテーに参加。イベントだらけで笑いすぎてある意味疲れてしまった。
ついに昨日愛車デミ夫が壊れた。燃料ポンプが壊れてしまった。
1998年以来16万km、東は伊豆から西は鹿児島、北は白川郷までホントにあちこち一緒に走った車で、しかもはじめての自分の車だったから愛着もひとしおだったのだが、もう限界っぽい。
この日は、フィアットパンダを見ようと思い(どうしても決め手に欠ける)、コンビニでどこの店にあるかを下調べしていた。それで南国・大津方面にあることが分かって出発しようと思ったら、デミ夫はエンジンのかからない体に。
至急マツダさんに来て貰って診断してもらうと、エンジンに燃料がきていないとのこと。当然パンダを見に行くどころじゃなくなって、デミ夫はそのままマツダのお店にドナドナ状態で牽引されていってしまった。まるでパンダを見に行こうと思ったその時に合わせるかのように、止まってしまった。