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2004年11月29日

●知事選とメディア

まるでブッシュとケリーの選挙のように、高知県知事選は県をまっぷたつに分けてしまう戦いだった。

なぜこうなったか。
もともと中内県政時代にみられた口利き・利権まみれの時代に未だにノスタルジーを感じている人が多いというのもあるが(これって高知県では市町村合併がいっこうに進まないことと実はリンクしているような気がする)、今回の事態を招いた大きな要因は地元新聞社の橋本知事への批判的な報道にあるんじゃないかと思う。
今回の一連の流れをみていると、地元新聞社は土建業者の口利きについてはちょっとの行しかさかず、松尾さんの前市長時代の疑惑のこと(以前はむしろきちんとそのことを書いていた)や高知市の急激な財政悪化のことには積極的には触れず、その一方で橋本知事の疑惑や県の財政悪化のことはしっかりと読み応えのある記事を書き続けていた。マスコミというのはそういうものなのかも知れないけど、どうにもバランスが悪いと感じたのは自分だけじゃないと思う。

全国紙である読売・朝日・毎日・産経・日経には、それぞれに右左の差があったりして、たとえばイラク人質事件の時の対応などをみても読売・産経VS朝日(筑紫)・毎日という色分けがしっかりとあった。それでたとえば新聞好きやあまりに深い問題の場合、各紙を読み比べていろいろなことを考える機会を提供してくれた。
しかし、地方紙は違う。高知の場合には、地方紙はあくまで一紙であり、高知の情報を知りたければその新聞を読んで考える他に選択肢がない。ましてや、高知県では7割だったか8割だったかの人がK新聞を購読している(というのをどこかで見た)んだからなおさらだ。
選択肢がないから、そして地域の正確な情報を知りたいから、だからこそ県民はK新聞を読んでいるのに、その新聞が政治色を帯びてしまうのはあんまりよろしくない。橋本知事の疑惑は、確かに晴らしようもない。知事の説明文書ではいまひとつピンとこなかったのも確か。だけど、それなら土建業者を巡る話についてもしっかりと解明する努力をしてほしいし、そのおおもとになった文書の信憑性に関するK新ならではの調査、県政に根付くさまざまな問題についてもきちんとおいかけてほしいと思う。普段は五大紙なんかよりずっと面白い新聞なんだから、なおさらそう思う。

いずれにいても、いまさら一部の人にいろいろなことを牛耳られるような県にはしていただきたくない。橋本知事にも新しいしがらみがあるというが、少なくとも謀略にまみれた魑魅魍魎の地域をつくろうなんていう思いはさらさらないだろう。松尾さんは、そのあたりを読み違えた。国のいうことを聞かないと地方は潰れるだなんて自民党の大物が言っていたらしいけど、まさかこの高知でいっちゃあいかんわいね。それだけでカチンとくる人多いだろうし。。。
あと3年。次回は橋本知事も出るかどうかは分からないと思うけど、この3年で壊すものをしっかりと壊しておかないと、いずれ何もかにもが駄目になる。そういう意味では、ケリーとブッシュが大統領選後にそれぞれコメントを出した「一緒になってお互いにとってよい国をつくろう」・・・なんていうことはありえないのかも知れない(まああすこは決していい国じゃないし、たぶんブッシュはますます鷹になっていくんだろうけど)。うーん。

「地方守る先頭に」、根強い改革への期待 橋本氏5選 - asahi.com : 政治

コメント

沢マン訪問以来、高知ファンのサワダです。
ぼくにとっての高知(人)の魅力として、DIY気質というのがあるんです。
(自分のことは自分でやる、人にとやかく言われたくない)
沢マンにも、日曜市にも、自由民権にもそれを感じているのですが、

>国のいうことを聞かないと地方は潰れるだなんて自民党の大物が言っていたらしいけど、まさかこの高知でいっちゃあいかんわいね。それだけでカチンとくる人多いだろうし。。。

という書き込みからは、広く高知人にはその自覚があるのでは、
とお見受けしました。

自分の事は自分でやるという人がいる一方、自分の事は「大きな声」(しかも、自分のいうことをよく聞く)の人にやらせたらえいという風潮も今の高知県にはあります。
自由は土佐の山間よりとはいうけれど、いま果たしてそれがどこまで・・・というのが実感。そういう意味では、沢田マンションは最後の自由民権の砦か??(自由建設運動か)