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2004年10月01日

●ニワカの世界

 フリーペーパーというのは病なのだ。勝手に出して、勝手に置いて、勝手に誰かが読んでいる。だから、一度それに手を染めた者は、多くが何度も何度も手を変え品を変えて出し続ける(このペーパーだって私が係わったものとしては5つめだ)。

 こんなペーパーづくりに限らず、最近はMacやらWinが普及したこともあって「ニワカ」デザイナーやアーティストが跳梁跋扈している。つくることがまるで解禁されたかのように、多くの人々がものづくりに勤しむ時代になってしまったのだ。

 無論、自分も極めてニワカの者なのだが、それにしても、である。果たして芸大の意味は今こんな時代にあるのか?と10年前にも思ったがますます思わざるを得なくなる。そもそも学校なんてものは何も教えてくれない浪費の館だが、それにしてもそれでは今なんでこうも誰もがつくって売って何とかなっているのか、心の底から摩訶不思議だ。

 おそらく、こういうことになった一因には、情報がネットの海を自由に飛び交う時代になって、国境も何もかもの「境界」がなくなった時代になって、誰もが可能性を感じることができるような時代、それまで秘匿されていた心の底を自由に表現することが許される時代になったからだ。

 それはそれで素晴らしい時代、面白い時代にはなったんだと思う。それに、ニワカの人々のつくるあーとは、美術手帖に載っているいるような小難しいアートと違って、言葉なんていらない、どことなく力のある作品が多いのも事実だ。

 でも、その一方で思うことは、広がりを見せつつも全体の層は遙かに薄くなりつつあるのでは? ということ。ニワカあーとの多くがどこかで見たことがある、何かに似ている。何も響かない。

 情報の海では、情報は自由に選択できる。その海が広ければ広いほど、その海を見渡すことはできない。また、見渡さない自由だってあるだろう。だが、ニワカアーティストは、そんな海があることを知らないのかも知れない。

 美大にいた頃、友達とよく論争になったことがある。

「私は、私のオリジナルを守るために、あえて他を知らない」

 そのオリジナルは、あくまで狭い世界でのオリジナルだ。「オリジナル」なんてものはもうほとんど存在しない。でも、海のほんの一部しか知らないがために自分が「オリジナル」だと信じることができる。ニワカアーティストの多くが陥っているのは、ちょうどこの部分だ。

 ニワカはニワカ。そこから一歩踏み出さなければ、ただのニワカ。狭い海にいきる生物同志、狭い世界で食物連鎖をし続ける。ただ、この世界は居心地がいい。だから、私も含めて、多くのニワカが生き続けている。


CHIRP 1号(2001.8)所収

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